AIが判断するファクタリング適正〜人間の直感を超える与信判断
融資審査に20年以上携わった経験から見えてきた、AIと人間の与信判断の境界線
三井住友銀行で法人融資を担当していた頃、私は数多くの中小企業の与信判断に関わってきました。
決算書の数字だけでは読み取れない「会社の空気感」や経営者の人柄を重視し、時には数字に表れない企業の潜在力を信じて融資を実行することもありました。
しかし今、ファクタリング業界ではAIによる与信判断が急速に浸透しています。
最短30分から1時間程度でAI審査が完了し、申込から入金まで当日中に完結するサービスが次々と登場する時代です。
果たして、AIは人間の直感や経験を超える与信判断ができるのでしょうか。
「借りない経営」を提唱してきた立場から、この変革期について考察していきたいと思います。
目次
ファクタリングとは何か?その進化と現状
ファクタリングとは、企業が保有する売掛債権をファクタリング会社に売却し、早期に現金を受け取る資金調達手段です。
融資とは根本的に異なり、借金ではなく「債権の売買」という性質を持ちます。
資金調達手段としてのファクタリングの位置づけ
企業が事業を展開する際に売り上げの入金までに期間が空くことがある中で、ファクタリングは融資に対する「補完的な」資金調達手段として位置づけられています。
特に中小企業にとっては、銀行融資の審査で断られた場合でも利用できる貴重な選択肢となっています。
私が銀行員だった頃を振り返ると、資金繰りに困った経営者が「何とかしてください」と駆け込んでくることが日常茶飯事でした。
しかし、リーマンショック後の厳格な審査基準では、どうしても救えない企業もあったのが現実です。
そんな時、ファクタリングという選択肢があれば、多くの中小企業を救えていたかもしれません。
従来の与信判断とその限界
従来のファクタリング審査では、人間の審査担当者が以下の項目を総合的に判断していました。
- 売掛先企業の信用力
- 売掛債権の真正性
- 申込企業の事業実態
- 取引履歴や支払い状況
この人的審査には時間がかかるという課題がありました。
申込から審査完了まで数日を要することも珍しくなく、「今日中に資金が必要」という緊急性の高いニーズに応えきれていなかったのです。
中小企業におけるファクタリングの現場感
国(中小企業庁)がファクタリングによる資金調達を積極的に後押ししており、政府のお墨付きを得た資金調達方法として認知されています。
特に建設業、製造業、IT業界では、支払いサイトが長い業種特性により、ファクタリング利用者が多い傾向にあります。
また、2026年の約束手形廃止方針により、ファクタリングが売掛債権を基にした資金調達手段の主役になる可能性が高まっています。
手形取引に慣れ親しんだ企業も、今後はファクタリングへの移行を余儀なくされるでしょう。
AIによる与信判断の仕組み
AI審査の導入により、ファクタリング業界は大きな変革を迎えています。
その仕組みを理解することで、従来の人的審査との違いが見えてきます。
使用されるデータと評価ロジックの基本
AIには審査基準のアルゴリズムが登録されており、申込企業や売掛先企業の情報を点数化していき審査します。
このスコアリングと呼ばれる手法では、以下のようなデータが活用されます。
- 企業の財務情報
- 取引履歴データ
- 銀行口座の入出金履歴
- 売掛先企業の信用情報
- 業界動向データ
興味深いのは、信用スコアリング技術は1980年代後半から研究が始まり、1990年代以降に広く利用されている確立された技術だということです。
つまり、今話題のAI技術も、実は長年蓄積されてきた統計学的手法の延長線上にあるのです。
「信用スコア」とは何を意味するのか
信用スコアは、膨大なデータを数値化し、企業や個人の信用力を客観的に評価する指標です。
従来の銀行審査でも類似の手法は使われていましたが、AIの導入により、より多くのデータをより短時間で処理できるようになりました。
スコアリングの結果によってファクタリングにおける掛け目や手数料が決定される仕組みです。
感情や主観の排除がもたらすメリットとリスク
AI審査の最大のメリットは、感情に左右されない客観的な判断にあります。
人間の審査では、経営者の人柄や会社の雰囲気に影響される可能性がありますが、AIは純粋にデータのみで判断します。
しかし、これは同時にリスクでもあります。
数字に表れない企業の成長可能性や、経営者の熱意といった定性的な要素を見落とす可能性があるからです。
人間の直感 vs. AIの判断
20年以上の銀行員経験から言えるのは、優れた審査担当者は数字以外の「におい」を嗅ぎ分けるということです。
銀行員としての経験が語る「勘」と「におい」
融資審査をしていると、決算書は立派でも「何か違和感がある」企業に出会うことがあります。
逆に、数字は厳しくても「この経営者なら必ず立て直す」と確信できる場合もありました。
例えば、ある中小製造業の社長との面談で、工場を案内してもらった時のことです。
決算書の数字は決して良くありませんでしたが、従業員の表情が明るく、整理整頓が行き届いた現場を見て、「この会社は伸びる」と直感しました。
実際にその後、新商品開発に成功し、業績を大幅に改善させました。
AIが見逃す”空気感”と”人間臭さ”
AIは膨大なデータを処理できますが、以下のような要素は判断材料に含めることが困難です。
- 経営者のリーダーシップ
- 従業員のモチベーション
- 職場の雰囲気や文化
- 業界内での評判
- 危機管理能力
これらは数値化しにくく、現場を知る人間だからこそ感じ取れる要素と言えるでしょう。
それでもAIに軍配が上がる場面とは?
一方で、AIが人間より優れている場面も確実に存在します。
大量データの処理能力では、人間はAIに太刀打ちできません。
短時間のうちに大量のデータ分析が可能で、人海戦術と比べて飛躍的な省力化・迅速化を果たせるのがAIの強みです。
また、人間特有のバイアスを排除できるのも大きなメリットです。
審査担当者の個人的な好みや先入観に左右されることがないため、より公平な審査が期待できます。
AI与信がもたらす中小企業へのインパクト
AI審査の普及は、中小企業の資金調達環境を大きく変えようとしています。
資金調達のスピードと選別の加速
AI審査では最短10分から1時間程度で審査が完了し、高い確率で当日中に入金されるため、緊急時の資金調達ニーズに対応できます。
これは従来の銀行融資では考えられないスピードです。
しかし、スピードの裏返しとして、審査基準に満たない企業は即座に排除される可能性もあります。
人間の審査であれば、「事情を聞いて検討する」余地がありましたが、AIにはそのような配慮はありません。
小規模事業者が直面する「透明性の壁」
AI審査の結果は、申込者にとって「ブラックボックス」になりがちです。
なぜ審査に落ちたのか、どこを改善すれば良いのかが分からず、小規模事業者にとっては改善の手がかりを掴みにくいという課題があります。
AIファクタリングでは少額の売掛金の買い取りに対応するケースも多く、1万円程度の少額債権から利用できるサービスもありますが、その一方で透明性の確保が重要な課題となっています。
与信スコアが経営判断を縛る可能性
AIによる与信スコアが一人歩きし、経営者の判断を縛る可能性も懸念されます。
スコアを意識するあまり、本来取るべきリスクを避けたり、短期的な数字の改善に走ったりする傾向が生まれかねません。
数字だけでは測れない企業の真の価値を見失わないよう注意が必要です。
「借りない経営」とAIの与信時代の交差点
私が提唱してきた「借りない経営」の観点から、AI与信時代をどう捉えるべきかを考えてみましょう。
無借金経営者から見たファクタリングの変化
「借りない経営」を実践してきた立場から言えば、ファクタリングは理想的な資金調達手段の一つです。
借金ではなく債権の売買であるため、バランスシートを悪化させることなく資金調達できます。
AI審査の導入により、この利便性がさらに向上したのは確実です。
2023年末現在で54の金融機関がオンライン型ファクタリング事業者と協業している状況を見ると、金融機関自体もファクタリングの有効性を認めていることが分かります。
キャッシュフロー設計とAIスコアの両立
無借金経営を目指す企業にとって、AIスコアは一つの指標として活用できます。
定期的にAI審査を受けることで、自社の信用力を客観的に把握し、キャッシュフロー設計の参考にできるからです。
ただし、スコアに一喜一憂するのではなく、本業での稼ぐ力を高めることが最重要である点は変わりません。
金融に頼らない工夫が生きる場面
AI与信の時代でも、「借りない経営」で培った創意工夫は十分に活かせます。
例えば以下のような取り組みです。
- 前受金制度の導入による資金の早期回収
- 在庫管理の最適化による運転資金の圧縮
- 支払いサイトの見直しによるキャッシュフロー改善
- 業務効率化による固定費削減
これらの工夫により、そもそもファクタリングに頼る必要性を減らすことができます。
AIが普及しても、経営の基本は変わらないというのが私の信念です。
まとめ
AI与信判断の時代を迎え、ファクタリング業界は大きな変革期にあります。
2023年のファクタリング市場規模は5.7兆円と推計され、今後さらなる拡大が予測される中、AI技術の活用は不可避の流れと言えるでしょう。
AI与信判断の可能性と限界の整理
AIの強みは、大量データの高速処理と客観的判断にあります。
一方で、人間の直感や経験による定性的な評価には限界があることも明らかです。
深層学習は信用スコアリング分野では他の手法と比較して優位性がなく、予測精度の差は2-3ポイント程度という事実は、AI技術への過度な期待を戒める重要な示唆でもあります。
人間の勘とAIのロジックをどうバランスさせるか
理想的なのは、AIによる客観的な一次審査と、人間による定性的な最終判断を組み合わせることでしょう。
特に大型案件や複雑な事情を抱える企業については、人間の経験と洞察力が不可欠です。
中小企業の経営者としては、AIスコアを参考にしつつも、本業での競争力向上に軸足を置くことが重要です。
「信用とは何か」を再考するきっかけとして
AI与信の時代だからこそ、改めて「信用とは何か」を考える必要があります。
数値化できる信用と、数値化できない信用。
短期的な信用と、長期的な信用。
業績好調時の信用と、困難な時期における信用。
これらすべてを含めて、真の信用が形成されるのではないでしょうか。
私が銀行員時代に学んだ最も大切なことは、「信用は一日にしてならず」ということです。
AI技術がいくら発達しても、この根本的な真理は変わらないと確信しています。
「借りない経営」を実践する中で培った創意工夫と、AIがもたらす新たな可能性。
この両方を活かしながら、中小企業が持続可能な成長を遂げることを心から願っております。
まあ、こう見えて実は現金主義なんですわ。
だからこそ、AIの時代でも足腰の強い経営が一番やと思うんです。